残念だったな!それは着色済みだ!、FMラジオ、バトルテック。

ラジオ聞けないんですよね。
パソコンが動いているとノイズが入ってしまって、ガマン大会レディ・ゴーになっちゃう。

手持ちのスマートフォンならFMラジオは聞けるのですが、これまた通勤や移動時には電波が途切れてしまうので相性が悪い。
なんだよもう。(ぷんすこ)

思い出してみると、はじめてラジオを聞いたのは小学生くらい?
きっかけは思い出せないけれど。
ああ、そうか。

母がよくラジオを聞いていた気がします。
わたしは子供の頃体が弱かったので・・って、ちょっとまって、これ、そういうお話?
いや、まぁ、ウソはついてないか。
ううむ。
ちょっとじぶんで書いていてビビる話題だ。
あー、他の方もこんな感じで書いていたのだろうか。
デジャブな感じが不思議だね。
意外とひとって、そういうものなのかも知れない。

子供の頃だよね。うん。
体が弱かったのでジャブジャブ薬を入れて人体改造を試みて。
なんかめちゃくちゃっぽいけど、あるんだよ。

その時って、動けない。
大抵寝床で転がってる。
動けないから学校もいけないし。
学校いけないのはやっぱり寂しくて。

ひとの気も知らず、外はめちゃめちゃ晴れていて。
町内を走り回る空気読めないチリ紙交換の客寄せボイスとか。
 
チリ紙交換の車とか、最近は見かけなくなりましたよね。
最近だとあれかな。廃品回収になったのかな?電化製品なら何でも回収しますよー的な。
当時は新聞紙とか、雑誌とかをチリ紙というかトイレットペーパーだったのかな。
交換してくださるサービスだった。

一度も利用したことなかったけれど。
よく徘徊されていたし、儲かっていたのだろうか。
いまでこそデジタル録音、リピート再生安定にしても。
当時は現場で一発収録(ではなく発声)だろうし。
ううむ、大変だね。

あとは謎のボーボー鳴く鳥の声とか。
あれなんだったのかな。
姿が見えないから色々想像して。
なんかものすごい怖いものなのではないかとか、正体を知りたかったような、知らないままでいてよかったのかも知れないとか。

とにかく退屈だった思い出。

テレビとかはある家庭だったのですが、時間制限付いてました。
視聴制限というのか。
メガ使い放題とかなかったし。
楽天かーどまー は、関係ないよね。ないない。

末期はコインシューターに100円入れて一定時間で電源がガチンっ、て落ちるアレな箱が設置されていた。

素敵!旅館みたい!

なんてこともなく。
なんて家庭だ。
そのあたりは厳しいというか、親子の意思疎通がハードウェアによって支えられていた的な。
ソフトな表現で納めるとだけれどね。

親の気持ちって、子供の頃はわからないから。

今でもわかるのかと言われれば、だぶんNOだけれど。
ただ、歳をとると考え方というか、ひとの見方が変わってくる。
他人という存在がじぶんと同じだって。
ある時色々なことに気づくみたいな。

そうか、親も人間だったんだなって。

言葉を交わさなくても何でもわかるとか。
困っていたらいつでも助けてくれるとか。
いつでも行いが正しいとか、
そんなことありはしない、ただの人間。

凄く当たり前のことに気付いて。
そりゃあ、怒るよねって。
そりゃあ、ウソもつくし。
そりゃあ、失敗もするし。
そりゃあ、子供という存在を疎ましいと感じたり、怖いと思うよねって。

ただの人間だもん。

こういうこと書くと怒られるかも知れないけれど。
いや、よく怒られた気がする。
自称良識のある方々に。

ひとりの自我を持った存在に、
血を分けた存在だからという理由だけで、相互理解が構築されるわけないのに。
相手を理解しようと、
じぶんを知ってもらう努力をしなければ、そこにいるのは他人以外の存在には成り得ないのに。

できないよ。

だって、子供だから。
だって、大人になる方法なんて知らないから。

だって、
親になる方法なんてどこでも教わらないから。
 
 
今思うと、母が聞いていたのはFMラジオだったのかなって思います。
AMラジオとFMラジオの違いが当時はわからなかったから、トークが面白いのがAMで、音楽が多いのがFMくらいの認識。
 
そいえば洋楽だったような気もする。
殆ど記憶に残っていないけれど、ビートルズではなかったのは間違いない。
覚えているビートルズはイエローサブマリンくらいだけれどね。

あ、イエローサブマリンつながりで模型屋さんのイエローサブマリンさんありますよね。
昔店員さんやってたいんですよ。(←なぜかとくいげ)
仕事めちゃめちゃ厳しくて、とにかく覚えないといけないこと多いのです。
基本商品すべて覚えてお客さんの質問には答えなさいって店だったので、連日叱られっぱなしで泣きそうだった。

本当は画材関係のフロアで働きたかったのだけれど、知識量の関係でゲームフロアに。
はふん。
バトルテックとか日本に上陸したころかな。懐かしい。
いちおうフォローしておきますと、イエローサブマリンさんはいじわるな会社さんではないですよ。安心してくださいな。

バトテックって、今もあるのかな?
わたしが記憶しているバトルテックは超時空要塞マクロスが海外にいったらああなっちゃいました的な何か。
ディフェンダーとかデストロイド・モンスターとか、あの辺りが猛プッシュされている感。
バルキリー人気ないのだろうか?とか、何となく変な感想でモヤモヤしてた。

あー、マクロスというとMSX版のやつとか、ファミコン版もデキがよいですよね。
シャオパイロンが流れるのはファミコン版?MSX版でしたっけ?

当時のゲームだから延々と続く人生つれーわ系なのですが。
フォーメーションZとか、ヴォルガードとかと同じく横スクロールで右へ右へ向かうスタイル。
フォーメーションZは海上でエネルギー切れると落ちちゃうんですよね。たしか。
ぽちゃん。

ヴォルガードは初代がPCで、ファミコンに移植されるときに2になったんでしたっけ。
はて。これなんで2だったんだろう。
うーんと、合体するんですよね。3機で。スターウォーズの戦艦みたいなボスと戦いながら。

いや、違うんだってば。
バトルテック。
 
あれ未だに納得いってないから!!

当時、わたしの知るバトルテックは大型筐体同士をケーブルで接続して、対戦して遊べるゲームだったんです。
いまでこそゲームセンター同士でネットワーク対戦なんてできる時代ですが、当時としては画期的なゲームだったんですよ。

たしかヘルメットとか売ってた。ような気がする。
みんな思い思いの恰好や盛り上がり方してお店に募ってて。
1ゲーム1000円以上したけれど、好きな方は回数券とか買い込んでやってらっしゃいました。

わたしも何回かプレイしたことがあるのですが、最初にインストラクターから基本操作の説明とかあるんですよ。
ブリーフィングみたいな。

そこでどうしても納得がいかなかったのですが、こう、武器がレーザーとか撃てるんですね。
ボタン押すとビューンって。(←あたまわるそう)
でも言われたとおりにボタンを押しても画面に何も表示されないんです。

あれ?って。
ボタン壊れてるみたいですってインストラクターのおねーさんにも聞いたのですが。
大丈夫、出てますとの回答。
いやでも、何も見えないよって。
何回か押し問答の末、埒があかないのでしぶしぶ了解したのですが、どうもこういう理由だったそうです。

「レーザーは無色」

あー・・。

で、その後マッチメイクは何時からねーみたいな感じで。
モニタか何かの(マクド屋さんのオーダー待ちみたいな画面的な)表示を眺めつつ時間をつぶす的な流れ。
確か機体のジャンプが実装される直前だったので、ギコギコ走り回るだけで、気づくと超リアルな無色ビームにやられている不思議な体験でした。

「くらえ、無色ビーム!!」
 
 
あ、ラジオの話。
わたしはラジカセかな?AMラジオを夜に聞いていました。
眠れない時は朝まで聞いていることも自然と増えていって。
 
ラジオはアメリカンとかもやってました。
ナムコさんがスポンサーで、ゲームの紹介もちょびっと入れながら。

当時は斉藤洋美さんがパーソナリティーをされていました。
ハガキ送って、洋美さんのご尊顔がまぶしい魔除け下敷きもいただきましたっけ。うひ。

構成の鶴間さんがコサキンの鶴間さんと同じ方だと知った時は衝撃だった。
仕事できるひとだったんだ・・的な。(←しつれい)
 
 
ラジオ、聞かなくなったのっていつだろう。

ラジオはブロードキャスト型というのでしたっけ、一報方向から広範囲に広げる方式。
相手を特定して語り掛けるのではなくて、それを誰が聞いているのかがわからないのに、ちゃんと会話を成り立たせるんですね。
不思議に感じたことなどなかったのですが、その当たり前のことを知った時、とても感心したのを覚えています。
ラジオ・パーソナリティさんスゴイ!って。

だって、誰が聞いているかわからないんですよ。
誰に向けた言葉でもないのに、きちんと誰かの心には残っている言葉なんです。
ラジオの仕事をしたいと言われる方の気持ちが、その時に何となくわかるような気がしました。

見えないから何を言ってもよいなどでは決してなくて。
見えないからこそ相手を思い、気遣って言葉を選ぶ。
そういう行為を何と呼ぶのか、わたしにはまだわかりません。
 
 
天気のいい日に人気のない街を歩いていると思うんです。
ぼーぼーって鳥の鳴き声と。
空気読まない廃品回収の宣伝声と。

全てが手遅れになった今だけれど。
誰かの声が聞きたいなって。

さびしんぼうはわがままだから。
ラジオが聞きたいなって、思う日がたまにあるのです。